製造部方針 | ① 約束を守り信頼を築く ・知識を高めるための勉強会を行う ・技術力を高めるためのジョブローテーションを行う ・自分で自分を磨くためのチャレンジデーを実施する ・ミシンショーなどの展示会を見学して知識を高める |
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② 記憶に頼らず記録に残す ・ミーティングの内容をシステムに記録する ・サンプルの問題点をカルテに残す(未解決のまま量産を進めない) |
業務内容 | ・お客様から依頼をいただいた刺繍サンプル、社内の提案用の刺繍サンプルを作製する。 ・仕様書を確認し、品質、納期を守りながら量産を進める。 |
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岡崎『そんな案件、誰が受けるんや・・・』 〇月×日の部長ミーティング。A会社のI氏からの案件を受けるかどうかという議題だ。繁忙期でスケジュールがびっしりの今、縦横60cm以上の超巨大刺繍をたったの11日で仕上げてほしいという、聞いただけでめまいがする無茶苦茶な案件が来たのだった。
中石「・・・岡崎さん、いかがでしょうか。」
岡崎「えぇっ!!?私!?」
他人事のように話を聞いていた岡崎は飛び上がった。通常であれば案件を受けるかどうかは広報部が決定する。しかし今回は特別。広報部の中石は、現場を知る岡崎でなければ正しい判断が出来ないと考えたのだった。
(タナベ刺繍の最終責任は全て製造部にかかっているのだ。)
岡崎は冷や汗をかいた。
岡崎「・・・他では忙しくて引き受けられん依頼です。そりゃ今は忙しくて正直しんどいです。ですが私たちを頼って来てくれました。・・・この依頼を受けて、I氏を助けたいと思います。…スケジュールをやり繰りして、時間をなんとか確保します!ですから、なんとかやりましょう!」
言ったそばから岡崎はプレッシャーに押しつぶされそうになるのだった。
とうとう明日は納期。管理部がやっとのことで丸一日分のスケジュール調整をして、開発部はデータ作りを間に合わせ、製造部ではスタッフが一日分短縮されたスケジュールを遅らせることなく進めてくれた。前夜、緊張と興奮で寝付けなかった岡崎は、9時の朝礼を終えると製造部のスタッフを集め、I氏の依頼のことを説明した。
スタッフA『はー、またすごい依頼が来たなぁ~。』
スタッフB『これを今から1日でやれって?』
変わった刺繍の依頼はいつもの事だが、今回のは特別だ。急に不安になるスタッフたち。岡崎はドキドキしながら担当者を発表した。
岡崎「…この仕事を村井さん!よろしくお願いします。」
村井「…えっ、私?」
岡崎はビッグスマイルでうなずいた。
『村井さんは製造スタッフとしてどんどん腕を上げています。これは、納期と品質を理解して、常に確認を行いながら仕事に取り組めているからです。今回の依頼を通して、村井さんには更に成長して欲しいと思いました。』
村井は入社3年目。入社当初から確認をしっかり行う丁寧な仕事ぶりが、自身の成長と製造部の成果につながっていたのだった。
それに、村井はワイド機(タナベ刺繍の中では一番大きな刺繍ができるワイドサイズの刺繍機)を担当していたので、使い方をよく心得ていた。
突然の大役にパニックになるかと思いきや、村井は仕様書を受け取ると普段と同じように淡々と準備に取り掛かり始めた。
村井『ちょっと特別ではあるけど、作業自体はいつもと同じ。予定を変更して他の刺繍をすることは良くあることだから、そこまで驚くことじゃないな。』
今回使用するワイド機は、全長が10m、奥行きが2mもある刺繍機だ。ここまで巨大な刺繍機は日本中探してもタナベ刺繍にしかない。そしてその巨大刺繍機を自在に使いこなす村井も、今のタナベ刺繍にとっては貴重な存在なのだ。
まず仕様書に従い、大量の刺繍糸で埋め尽くされた糸倉庫から必要な糸を用意する。そして糸や生地の種類に応じて針を選択する。どの糸・どの針を使うかは、管理部が作成する仕様書にすべて書かれているのだ。
ところが・・・ハプニングが発生した。受け取った仕様書がなんと真っ白だったのだ!
さらには、前もって管理部が発注していた糸がまだ届いていないらしい!
さすがの村井もこれには驚く、すぐさま上司に報告。
村井「仕様書に何も書かれていません!どうしたらいいんですか?!」
突然の事態に慌てふためく部長たち。
岡崎「すぐに管理部に確認してください、急いで!」
田部「村井さーん、代わりにこの糸を使ってぇぇ!」
中石「・・・だ、大丈夫なのか?!」
村井『なんのための仕様書なん?ちゃんと書いといてよ~~!』
気を取り直し、再度用意された仕様書を元に準備を再開。指示された糸と針をミシンにセットして試し縫い用の生地とデータで糸の調整をする。同時に刺繍枠(これも巨大)に本番用の生地をセットしていく。糸の調子は?刺繍する位置は?上司と確認しながら村井は確実に準備を進めていった。
岡崎「よし、これで行きましょう。」
全ての準備を確認した岡崎からGOサインがでる。
村井『ふぅ~。やっとスタートできた。』
ミシンが順調に動き出してからも、ミシンからは目が離せない。途中で糸が無くなったり、針が折れたりは良くあること。そうならないように時々ベテランスタッフにも確認してもらいながら、ミシンの動きを見守り続ける。(そしてそれを、陰から見守る部長たちと中石)
そうして18時、無事縫い終わった。すぐに出来上がった生地を枠から外して検品室に持ち込む。ここは刺繍の仕上げや検品、補修をする最後の部署だ。スタッフの厳しい目と慣れた手つきで各作業が進められる。緊張した顔でそれを見守る村井。そして作業が終わる。どうやら問題は無かったようだ。そう・・・完成だ!やっと村井から笑顔がこぼれた。
みんなが口々に村井に声を掛ける
「やったね!」「綺麗にできてるやないの!」「緊張したやろ~?」
村井『無事に綺麗に出来てほんとによかった!』
その翌日、約束の日。製品は中石の手によって、無事I氏へと渡されたのだった。
後日、村井は当時を振り返る。
「分からなくてモヤモヤしたまま、作業をするのは嫌。早く作業をするのはもちろんだけど、少々時間がかかっても『確認』だけはしっかりします。それが私のポリシーです。上司に嫌がられても、わからないことはどんどん聞きます」
また、岡崎は当時を振り返って思った。
「大変でしたが、完成して本当に嬉しかったです。村井さんの成長にもつながったでしょう。そして、この依頼品を通してできた新しい想い出や縁もあります。この仕事をやって本当によかった。I氏を助けることが出来てよかった。」
こうしてI氏の依頼は一件落着したのでした。
―終わり―